3年前の3月11日(金)、地震の後、父さんは、
・16:30頃会社を出て、
・武蔵中原から小杉へ歩いて、(そのうち電車も動くだろうと思いながら・・)
・次に、東横線沿いに、横浜まで歩いて、
・そして、相鉄線沿いに、西谷(二俣川の二つ手前)まで歩いて、
・22時ころ、やっと、動き始めた相鉄線に乗ったら、
・自宅最寄駅まで徐行運転。
・自転車で自宅に着いたのが、22:30頃でした。
約5時間半、約24キロを、休まず歩きました。最初はスイスイでしたが、途中から、他の人たちにどんどん抜かれました。数日間は、足が痛くて、痛くて、どうしようもありませんでした。
翌日の3/12(土)は、たっくんのお宮参りの予定でしたが、たっくんのお父さんが、三重出張から戻れなくなったんで、中止です。
フラメンコの先生から、メールが入りました。「スポーツクラブがクローズです。来週(3/19)予定だった発表会も中止です。」
3/14(月)は、相鉄線運休のため、出勤できませんでした。その後も、電車は変則ダイヤでした。東横線は各停のみでした。駅のエスカレータは止まり、照明は暗ーい。
3/16(水)、自宅近辺が計画停電に当たりました。帰宅途中の駅前信号も消えていました。
3年経っても、被災地では、いまだに苦労されいる人たちがいっぱいと、TVで報道しています。
日ごろから、震災への最低限の備えをしておかないと・・・・。非常用の水は、賞味期限が2014年12月までなんで、年末には買い換えようと思い、カレンダにメモしました。